移動式二畳タタミ
清家清「斎藤助教授の家」
あ
清家清「斎藤助教授の家」の原寸大模型を見るために
東京国立近代美術館の「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」展に行ってきました。
戦後の荒廃した日本。
否応なしにアメリカ文化が日本に押し寄せ、古き良き日本が失われてゆく。
そんな中、西洋の合理主義を取り入れつつ、
かつての日本文化を取り戻そうとした建築家。
それが清家清という建築家だと思います。
あ
清家清「斎藤助教授の家」の原寸大模型を見るために
東京国立近代美術館の「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」展に行ってきました。
戦後の荒廃した日本。
否応なしにアメリカ文化が日本に押し寄せ、古き良き日本が失われてゆく。
そんな中、西洋の合理主義を取り入れつつ、
かつての日本文化を取り戻そうとした建築家。
それが清家清という建築家だと思います。
不思議なプロポーションに首を傾げ、後日調べて納得し、下調べをしてから訪れたかっと後悔!
「護王神社は足利時代に起源をもつ。近年建物の老朽化が進み、修復が待たれていたが<直島・家プロジェクト>のひとつとして再建されることになり、アーティストとして私が指名された。設計にあたっては、規正の神社建築の形式にとらわれず、日本人の古代の神への信仰がどのようなものであったのかを想像上で再現するという形をとった。」杉本博司著
原爆ドームから近いところにできた折り鶴タワーへ行きました。散歩道と呼ばれる半屋外のスパイラルスロープを屋上まで上ると、息を吞みました。囲う壁がなく、木製の床、柱、庇のみの温もりのある空間。よく見ると安全対策のメッシュがありますが気になりません。鏡もうまく使って空間に広がりを持たせていました。 「ひろしまの丘」という名の通り、こんもりとした丘から街を見渡せるように勾配があり、勾配のステップ部分には、良い塩梅で腰掛けられるようになっています。 風を強く感じることが、コンセプトとのこと。
直島ベネッセハウス ミュージアムを訪れた時、バスキアの絵の前で、魂の叫びのようなものに打ちのめされ、少し休もうと、すく横にあったレストランの入り口を入りました。すると、コンクリートの壁で縁取りされた瀬戸内海の景色がハッと目に入り、なんだか心が晴れやかに切り替わりました。
どうしても休憩スペースや椅子に注目してしまう…これは私のどうしようもない習性でございます。今回は、単なる休憩目的ではなくアートとしてのベンチ、徳仁の『Water block』を鑑賞(に座る?)することが、最大の来訪目的でしたので、『腰かけられることろ』として、ここにまとめて書いておこうと思います。
1986年の美術館としての開館以来、特に多くの来場者が、5階奥に混在していた印象派とゴッホを見に来るので、そこに混雑が集中。そんな鑑賞者の動線を最適化する必要性などから、2009に大改修に入り、2011年に再オープンされたとのこと。つまり、大改修の大きなポイントは、印象派のギャラリーとゴッホ、ゴーギャンなどポスト印象派のギャラリーをフロアーを変えて分けた点です。確かに、今回、ゴッホとゴーギャンが、対峙するように展示されているのが良かったです。
オルセー駅舎、1900年から2011年までの歴史を美しい写真を通して知ることができる素晴らしいサイトは、ここから。
地域再生の起爆剤
パリ北駅からTGVで1時間程度、ランスにできたSANAAが設計したルーブル美術館別館に行ってきました。ランスと言っても、シャンパーニュ地方のランス(Reims)ではなく、ベルギー寄りのカレー地方にあるランス(Lens)です。炭鉱の町として栄え、その後衰退したままのこの地で、ビルバオのグッゲンハイムが、町の観光地化を大きく牽引し、成功をおさめたように、この美術館も地域再生の起爆剤としての重責を担っています。
「風景の中に消える」というコンセプト
敷地を平地にせず、その高低差に馴染むように平屋の建物を配置した雁行建築。反射率の高い酸化皮膜されたアルミパネルとガラスの連続面に周囲の木々が柔らかく映し出され、空に溶け込み、曖昧で幻想的な印象を与えています。サナー特有の風が吹き抜けるような空気感、透明感もそこにあります。『金沢21世紀美術館を昇華させたもの』程度の気持ちで、この地を訪れましたがスケール感が全く違っていました。
『時のギャラリー』(la Galerie du temps)
「紀元前3千年から19世紀までの全作品をひとつのスペースに時系列に展示」することがコンセプト。手前から奥へと、アルミの壁に刻まれた年代にそって空間が細長く伸び、3Dの時代年表の中に舞い込んだような感覚です。
古代ギリシャの作品が、ペルシャ帝国やファラオ時代のエジプトの作品と隣り合って並んでいたり、古代ギリシャの石像を眺め、その視線の先にバロック絵画が見えたりします。自分の立ち位置と時代がリンクしていることがとても面白いです。
「パリと違ってこの美術館の目的は、6千年の歴史の中を歩きながら、博物館的に展示物を古いものとして見るのではなく、現代まで時間が繋がっていて、その先に自分たちがいるのだということを感じてもらう場所にすること、さらに異なる地域をまたいで行くので、いろいろな異文化を勉強する場所にすることにあるのです。」(妹島さん)
喧しい人々の長蛇の列に辟易としながら
長いこと待たされて
やっと内部に入ることができた
そこからが魔法だった
森の中にいるみたいな心地のよい空間
教会の厳格な雰囲気は全くない
それでいて神々しい
押し寄せる観光客の雑踏も全く気にならない
むしろゆっくりと見て回ることができたし
穏やかな空気が流れていたのはなぜだろう?
“Abundant light is a positive element but it is not right.
Light should be just right. Not too much, Not too little.
Sagrada Família will be illumines, will be church of harmony.”
Gaudí
ガウディの語った通りのハーモニーの世界が完成していました。
優れた都市デザインが都市を再生させると云うまるで机上の方法論を、
魔法みたいに見事に実現してしまったビルバオ市。
私の尊敬するシーザー・ペリの途轍もなく大胆なマスタープランを採用し
世界の著名建築家にデザインを競わせ、
最先端技術を駆使して、美術館、数々の橋、新空港、地下鉄、国際会議場、コンサートホールを建設。
これらのモダンで無機質なデザインが当初から簡単に市民に受け入れられたとは考え難い…。
特に、フランクゲーリーの美術館など!
さらに、人口35万、都市圏を入れて105万人という都市の規模にはそぐわない、
トラム1路線、メトロ2路線、鉄道数社、バス数社という公共交通。
実際に全て利用してみましたが、システマティックで快適そのものです。
採算性をどう考えたのか、妥当性について疑問視されたでしょう。
しかし今では、この魅力的な都市に、観光やコンベンションの目的で
世界中から人々が押し寄せるようになりました。
バスク州政府なのかビルバオ市長なのか、
どんな確信があってこのプロジェクトに邁進したのか、
その勇気と見識と想像力を称えたいです。
カタルーニャ通り沿いのタピエス美術館のそばで素敵な画廊を見つけたので覗いてみると、
ピカソがノートの切れ端に描いたパステル画の落書きや美しいミロやタピエスが…。
説明を聞くとそのピカソの絵は、娘マハと遊んでいて描いたものだそうです。
そして、この画廊、元々、帽子好きのミロが営んでいた帽子店で、
相続したミロの娘が画廊を始めたというのです。
ミロの理解者で親友のプラッツも帽子店を営んでいたので、その店だったのかもしれませんが、
ミロの娘が相続してこの画廊を開いたのは事実のようで当時の写真なども見せてくれました。
こういう素敵な出会いには、胸が躍ります。