7月 122012
 
鬼才タピエスが亡くなって

 

2012年2月6日、鬼才タピエスが亡くなった…。

数ヶ月前のインタビューで
「痛みを愛情で埋めることが重要なのだ。
そしてそのバランスが人生を楽観的にみせてくれるのだ。」
なんだか心に染みてくる言葉です。

バルセロナの彼の美術館にも行きましたし、彼の作品に感動した体験もあります。
それでも、彼自身については、詳しく知らなかったので、本を読んで少しだけ調べてみました。

1923年、バルセロナの弁護士の家庭に生まれ、蔵書に囲まれて育ったようです。
サルトルやハイデガーなど哲学書を愛読し、多感な13歳から16歳までの間に、スペイン内戦も経験してます。
大学で法律を学ぶかたわら、素描を学び、途中で法律を放棄して美術の世界へ。
内戦による心の傷などを抱え、抑えがたい表現意欲を駆り立てられたのでしょう。

50年代はパリに滞在し、ここで、アンフォルメル運動(*1)に参加し、彼の画風を決定づけました。
あらゆる形式的な配慮を捨てて、マティエール(粗くて厚塗りの絵肌)やコラージュ、絵具に砂を混ぜるなど独自の手法を作り上げ、
生きることの緊張感のようなものを、激しく表現するようになりました。

(*1)アンフォルメル(非定形なるもの)運動
第二次大戦後、フランスを中心にヨーロッパに登場した抽象絵画。
アメリカの抽象表現主義と平行した動き
「具象表現でも抽象表現でも、伝統的フォルムの概念がとりいれられている。
アンフォルメルはそうした概念を捨て去ることを目指した。
マティエールを通して、人間の精神の奥底にある複雑さと豊かさを自由に表現しようとした。」(ジャン・デュビュッフェ著)

60年代には当時のフランコ独裁政権に対する抗議運動に参画し、
身柄を拘束されたこともあるようです。
彼の表現が、鋭い緊迫感を秘めているのは独裁政権下の不安定感や憤りを反映しているからでしょう。

また、タピエスは、17歳から18歳にかけて胸を病み、山間での治療生活を送ったときに
ニーチェやショーペンハウエルを通して『東洋』に接して以来、東洋哲学にも造詣が深く、
『禅』は彼の芸術に強い影響を与えたと言われています。

愛読書である岡倉天心の『茶の本』について、
「精神と物質を分けず、宇宙的な広がりを捉える見方が私の考え方と一致します」(タピエス)

そして、1996年にタピエス著の『実践としての芸術』が出版されます。

「芸術は知の源である。科学や哲学などの源である。
現実認識を修正していくために人間が企てる偉大な闘争である。
芸術を通じて、芸術家は自らを高め、自らを解放する。(中略)
ある形式が、発表の場としての社会を傷つけ、怒らせ、反省させることができなければ、
あるいは社会の停滞を浮き彫りにし、社会を刺激することができなければ、
真の芸術作品とは言えない(中略)
芸術家は鑑賞者に、彼らの世界の狭さを悟らせ、新たな地平を開いてやらなければならない」(タピエス著)

いささか、教条的ですが…。

彼は、芸術が社会の目を開花させる能力を持ち、それが役目でもあるとし、
画家の社会的使命を意識し続けてきたのでしょう。

スペインの思想家オルテガの言葉です。

「芸術は単なる装飾品でも趣味でもなく、
歴史的パースペクティヴのなかでとらえた場合に、はじめて明らかになる多くの意味を持った人間的行為だ。」

この本の中のピカソやミロについての記述も面白く、

「1940年代の我が国の若者たちの多くは、
いつでもきちんと頭を梳かし、ネクタイを締めて、
行儀良くかしこまっていられるものだと信じ込んでいた。
ピカソの作品同様、ミロの作品が彼らに与えた密かな衝撃は、
彼らに自覚を持たせるのに大いに役立った。
もちろん、それは単に、美術という分野の内部に限られたものではなく、
彼らの生の全体に係わるような性質のものであった。
創造者の影響力とは常にそうしたものである。
人間と歴史をねじ曲げようとする力を目前にして、
目を開かれようとしていた者たちにおいて、
その感動はとりわけ深かった。」

タピエスは、ミロの絵が若者たちの心を開眼させたとして、権力者のいいなりになるのではなく、
郷土への愛や自らの自由を守る意志を示す人間へと目覚めさせたとしています。
ピカソとは対照的に、ミロは大々的に政治的な発言をしたり、社会批判の作品を発表してきたわけではなく、
唯々、カタルーニャの大地に根ざした作品を作り続けました。
その寡黙な創作姿勢を尊敬していたのでしょう。

絵画に触れることは、しばし芸術家の思想に耳を傾けることでもあって、
絵画を見た瞬間の魂を揺さぶられるような体験は、
そういうところからきているのでしょう。

死因などは、明らかになっていませんが、享年88歳。
最後の20世紀の巨匠は、現代にどんな思いを抱きながら、
この世を去ったのでしょうか?
好奇心をくすぐります。

 

 

  •  7月 12, 2012

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